傾向による工具補正

Q-DASを使った傾向管理による工具補正の事例を紹介します。

 

近年機上計測による工具長、工具径計測が可能となりました。しかし毎回計測して工具補正していたのでは、計測時間によってサイクルタイムが長くなってしまいます。

 

通常は、最初にツールプリセッタや機上計測センサで測定した値を工具オフセット値としてNCへ登録して加工します。しかし工具は加工距離によって徐々に摩耗し、最初に入力したオフセット量がずっと正しいわけではありません。この問題を傾向管理による補正で解決します。


下図は、円筒の旋削内径加工を連続で50個行い、それぞれ内径を測定した結果です。

  • 狙い値=20mm
  • 公差±0.3mm

50個の内径を測定した結果、平均が20.088mmでした。公差内には十分入っていますが、数値図とヒストグラムからも分かるように若干上限公差に寄った結果となりました。

狙い値が20.0mmで、公差が±0.3mmですから許容値内ですが、平均して0.088mm削り過ぎています。

 

50個の結果を上図の右下にある管理図を見る限り、目立った傾向は出ていません。

ヒストグラムも正規分布で平均を中心にデータが集まっているので良好です。

50個の結果から旋削バイトのオフセットを0.088mm大きくすれば平均が狙い値に近くなりそうです。

 

実際その後に550個加工しましたが、加工結果はどうなったでしょうか?

その結果が下記グラフです。


工具オフセットを0.088mm増やしたことで、最初の50個は公差中心にデータが集まっており、補正前より良好な結果となりました。しかし、その後工具摩耗により徐々に値がマイナス方向へ変化しています。公差外までは至りませんでしたが、最終的に600個加工した結果、工程能力がCpk※が1.33を切ってしまいました。

※Cp、Cpkの解説はこちら


最初からマイナス傾向が出ている事が分かっていれば、工具オフセットを変えない方が良い結果が出ていたはずです。しかし傾向を掴むため、毎回工具を機内計測していては、サイクルタイムが非常に長くなってしまいます。

 

では最初の50個データを取った時点で、その後の工具摩耗傾向を見つける事はできなかったでしょうか?

qs-STATの傾向補正機能を使って、最初の50個分のデータを回帰分析します。


見た目では判断が難しいですが、回帰分析を行った結果、下記のような結果が得られました。

 

  • fx=20.019-0.004485x

数十個レベルではグラフの見た目で判断するのが難しいですが、qs-STATはこの直線に沿って加工値が変化するという事を示しています。つまり内径は、概ね‐0.0004485ずつ小さくなっていくという事です。

ならば、反対に旋削バイトの突き出し量を毎回0.000485ずつ大きくする事で、理論上は狙った加工結果に近づくという事になります。

ここで、最初の50個の加工で得られた「傾き」の傾向を使って工具補正を行った場合をシミュレートし、残りの550個のデータも補正してみます。

100点満点とは行きませんが、最初の50回のデータから、残り550回分の補正値を予測することで、傾きが緩やかになりCpkが2.38まで改善されました。

 

ここで、補正の手法毎にデータを比較してみます。

  • 工具補正しなかった場合
  • 50個のデータの平均で工具補正した場合
  • 50個のデータの傾向から残りの変化を予測して工具補正した場合

総合結果の比較


傾向による補正Pp、Ppk共に最も良い結果となりました。

 

傾向補正についてまとめると下記のようになります。

  • 安定した工程では、数個や数十個のデータではあまり変化のない事が多い為、毎回機上測定をして補正するのは非効率。グラフの見た目だけでは補正傾向を判断する事が難しい。
  • 条件が刻々と変わる加工では、固定のオフセット値だけでは精度を保てない。
  • 傾向補正は、オフセット値の変化を予測できる為、規則変化に対する追従性が高い

 

結論

量産加工には、数秒に1個という非常に短いサイクルで加工される製品もあります。「生産量」だけを考えれると、数十秒から1分程度かかる機上計測は加工時間の無駄にしか見えませんが、「工程品質」の面から考えれば時間を使って行う価値は十分にあります。